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椋木公洋氏が亡くなりました [自己紹介]

友人の椋木公洋氏が、去る4/23(月)、入院先の病院にて逝去された。
享年26歳。
早過ぎる人生、そして、突然の別れに、連絡を受けた際、言いようのない悲しみと悔しさで身体中が強ばった。
「別れの時」が来ると覚悟はしていたが、それは突然であった。
亡くなる前日には立正大学グリークラブの後輩が病院を見舞い、普通に会話をしていたというのに.....
4/22(日)の「椋の音〜kuranone〜」初回練習が無事に終了したことを、何ですぐに電話連絡しなかったのかが悔やまれてならない。
 ▼椋木氏のブログ
  合唱の木/新しい集合体へ 合唱団「椋の音〜kuranone〜」スタート
 ●合唱団「椋の音〜kuranone〜」が正式に発足!
ご本人とご両親の無念さを察すると、いたたまれない気持ちを抱いた。

癌と戦い、「痛み」に苦しめられ続けた1年強の闘病生活を送った。
昨年3月入院、6月に退院後、第12回北とぴあ合唱フェスティバルを聴きに来てくれて会食したり、退院祝いに鈴木輝昭先生らと会食するなど順調に回復した時期もあったが、病魔は椋木氏の体に、容赦なく次から次へとのしかかっていった。
 ●鈴木輝昭氏との会食

3月上旬、鴨川市内の病院へ見舞った際、起き上がっているのが辛そうな姿が痛々しかった。
別れ際、「練習場で待っているから、また会おうな!」と言葉をかけ、私は椋木氏の手を強く握ったが、椋木氏は強く握り返すことなく、
 「いや〜、それは..... なかなか..... 」
と、諦めた表情を浮かべていた。
私は、今生の別れのような錯覚を覚え、悲しみと寂しさが募った。

周囲から「ムック」「ムック先輩」と呼ばれ親しまれ、信念を貫く強さを持った青年で、合唱音楽をこよなく愛し、情熱を注いでいた。
体調不良の中、昨年の全日本合唱コンクール全国大会(青森市:11/19-20)を鑑賞、埼玉県合唱講習会(上尾市:11/27)にて木下牧子氏の講義を鑑賞したのは、実に椋木氏らしい。
私とは年齢が20歳も離れているが、いつも合唱音楽の話題が尽きずに有意義な時間を過ごすことができた。
本当にありがとうございました。

▼椋木氏のブログ:合唱の木から写真転載[2011年10月時のご本人]
 椋木公洋.jpg

4/24日には荼毘に付され、ご両親と共に郷里の島根へ帰ったとのこと。
また、葬儀は東京でも島根でも執り行わないとのことである。
きちんとお別れをしていないのが心残りだが、5/26(土)のステージでは、「椋の音〜kuranone〜」メンバー一同、ムックのことを想いながら、「宮沢賢治の最後の手紙」を精一杯歌います。
 ●椋木公洋氏の素直な想い
 ●宮沢賢治の最後の手紙
 ●「宮澤賢治の最後の手紙」が演奏される!
 ●「宮沢賢治の最後の手紙」の演奏動画再び!
 ●福島県立磐城高校合唱部が歌った「鬼女」
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